嘘をつかない




今、私は子育てをしながらヨガを学んでいる。

ヨガというのはいろいろなポーズをとる運動というふうに思われがちだけれど、じつはものすごく歴史が古く(一説によると紀元前3000年前から)、人が豊かに生きていくための知恵を伝えている。

起源前200年前から紀元後400年の間に成立したと言われているヨガの聖典ヨーガスートラのなかには、人が生きる上でしてはいけないことが5項目書かれている。

そのひとつが嘘をつくこと。

「正直(ヒンドゥー語でサティヤ)」であれという教えである。

最も、正直に生きた人、と言うと私の中ではインドのガンジーが思い描かれる。

インド独立運動の父と呼ばれ、非暴力で有名だ。

彼の非暴力がなぜ成り立ったかといえば、彼が嘘をつかなかったから。

彼のインド独立運動は「サティヤーグラハ」と言われている。

「サティヤ」真理、それが愛、つまり非暴力を意味していて、「真理の」堅持・主張(アーグラハ)を生み出す。

「真理」をつらぬくことが、彼の非暴力そのものだった。

もうひとつ、ガンジーは「幸福とは、考えること、言うこと、することが調和している状態である」という言葉を残している。

まさに、正直に生きなければ幸せになれないということを言い表していると思う。

嘘をつかないで生きることはじつはとても難しい。

これを実感したのは、ヨガのインストラクターになるために、嘘をつかない実践に挑戦しはじめた頃のこと。

もう5年以上前になる。

子育て中に、嘘をつく相手は私にとっては常に当時2歳の娘1人だった。

この年になってしまえば、他人に虚勢を張る必要もなかったから。

でも、恥を忍んで告白すると娘にはけっこう嘘をついてきた。

この教えでは「嘘も方便」ということも禁じている。

例えば、これ以上冷たいものを食べたらお腹を壊してしまうと私が娘を心配したとする。

そういうときに「お腹を壊すからやめようね」と言うのではなく、「もう家にないから今日はおしまい。明日、また買おうね」と言ってしまう。

なぜかというと、そのほうが娘がすぐに納得してくれるから。

あるものを我慢するということが2歳児にはまだまだ難しい。

例えば、夜寝るときに、なかなか寝ない娘に対して「寝ない子のところにはお化けが来るよ。目をつぶって静かにしないと、見つかって食べられちゃうよ」と言う。

すると、娘はお化けが怖いので素直に寝てくれる。

例えば、娘は女の子で自分で服を選びたい。

でも、私が似合わないと判断したら「そのお洋服、お洗濯ないといけないから、今日はこっちにしよう」と言う。

「お洗濯だと濡れちゃうもんね~、じゃぁこっちでいいよ」とひまりは納得してくれる。

「その組み合わせ、ちょっとおかしいんじゃないかなぁ」というと駄々をこねる確率が高かったのでこの嘘が編み出されたわけなのだけど・・・・・・。

短時間で何個も思いつくくらい、私は娘に小さな嘘をついていた。

嘘も方便、それでいいよって開き直ることもできる。

けれど、どんなに小さくても娘はひとりの人なのだ。

私はどんな人に対しても、誠実でありたい、と思って生きているのではなかっただろうか。

誠実であるための1つは、嘘をつかないこと。

娘に嘘をつくたびに、私は娘との関係、さらには自分のことを損ねているのではないだろうか。

娘は私のことを信じている。

それなのに、娘に自分の育児が楽になるよう嘘をつく。

家庭や友人、恋人に認められたくて、見栄をはる。

社会にでて、仕事が楽になるよう、自分の仲間にちょっとした嘘をつく。

そういう経験が、誰にでも1度はあると思う。

そうして、あるがままの自分を自分でも受け入れられなくなってしまう。

それはじつはとても怖いことではないか、と思うのだ。

自分を損ね、ばれてしまったときに相手との信頼関係も損ねてしまう。

相手の気持ちだって損ねてしまう。

私は娘に嘘をついていた。

それは娘の可能性だって奪っていた。

娘にして欲しいことにも、して欲しくないことにも理由がある。

1度では伝わらなくても、何度も伝えることで分かることが絶対にある。

嘘をついてしまっては、何も解決しない。

我慢だって覚えられない。

私は親として、教えなければいけないことを、いくつか先回しにしていた。

時間がかかるからと嘘をつくことは、いったい誰のためになっていたのだろう。

いずれ、教えるのならば、それは娘がそれをした時がいい。

子育てで、嘘をやめてみたい、と思ったのは、そんなことを感じたから。

どんなにお話してもわかってもらえなかったときは、感情が落ち着くまで抱きしめてあげよう。

嘘をやめてみて、子育てがどう変わるのかはわからない。

ものすごく大変になるかもしれない。

でも、それもなんだかやりがいがある。

娘が大きくなって「お母さん、嘘ばっかりついて育てたでしょ?」なんて言われないように。

でもまずは、小さな一歩から「私はお化けって言葉を言わない!!」と思ったのでした。

さぁ、これは5年前の私と娘のお話。

この取り組みを通して、私の何が変わったか。

簡単に、何事もコントロールしようと思わなくなりました。

時間がかかっても、正直に向き合うことを恐れなくなりました。

けれど、嘘を全くつかなかったかというと、そんなことはなかった。

人間だから。笑。

でも、自分のためのその場しのぎの短絡的な嘘はつかなくなりました。

そんな自分が、前より少し愛しいです。

9回の閲覧0件のコメント